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   西神山の2月14日・@

「析羅、今日何の日か知ってるよね?」
「何って……平将門が戦死した日だろう? 一般常識ではないか。」
「いや、それ明らかに一般常識じゃないからね? トリビアだからね?」
 『総合武術神剣道場』と書かれた看板が立てかけられた古く洋式住宅だらけの町では一際浮いた和式住居の客室に彪音と析羅は向かい合って茶を飲んでいた。
 本日は2月14日、まぁ世に言う『バレンタイン・デー』である。
「各業者によって一般常識と言うのは変わるものだ。 その会社にとって『一般常識』であっても周囲にとっては『無駄な知識』になるものだってある。 就職の方をとるならば覚えておいて損はないぞ。」
「中学生相手にそういうこと言われても………。」
 『バレンタイン・デー』=『平将門が戦死した日』なんてモノはどの業者でも無駄知識以外の何物でもないと思いながら、彪音は茶を口に含んだ。
「で? アポなしで家に上がりこんできたんだ、それなりの事情はあるのだろうな?」
 析羅は睨むように彪音を見る。
 彪音は息を吐いた。
「析羅、お前ぐらいにしか頼めないんだよ。 他の奴に頼んでもあらかた断られたから。」
 そう言って彪音はテーブルの上に段ボール箱を置く。
 数は3箱、中身は封もされてないし箱からはみ出るぐらいにそれは盛られていた。
 今日は2月14日。
 『バレンタイン・デー』で渡されるものなんて大体想像はつくだろう。
「貰ったチョコ食べるの協力してくれない?」
「貴様俺を糖尿病で殺す気か?」
 当然そのチョコレートは自己責任で処分する事(彪音が食べる事)になった。



   西神山の2月14日・A

 バレンタインデー。
 それは同時に神剣家長男・蒼伊(26・今日で27)の誕生日でもある。
 だが帰ってくるなり弟の析羅に質問したら帰って来た答えは『平将門が戦死した日』と言う無駄な知識。
 それに落ち込みながら蒼伊は入浴をする羽目になった。
 入浴を終えた蒼伊の亜麻色の髪はしっとりと垂れ、藍色の浴衣は少し肌蹴、タオルを肩にかけている。
「全く……兄の誕生日すら忘れたのかあいつは…?」
 愚痴雑じりに息を吐いて自室の襖を開けると、畳の上にデンと段ボール箱が一つ置かれていた。
「―――何だ?この箱……」
 箱の上にメモ書きみたいなものがあったので、手にとって見る。

 『誕生日おめでとさん、ささやかな贈り物をどうぞ。  析羅』

 蒼伊は感涙した。
「あの野郎…! あの無駄知識は照れ隠しか!?」
 中身なんだろうなーと楽しみながら、蒼伊はダンボール箱を開けてみた。
 中には大量のチョコレート。
 上に『責任持って喰いやがれ』と析羅が残したメモ一つ。
「………………………。」
 蒼伊は笑った。
 優しく笑った。
「テメーこれ単純に貰ったチョコ捨てたいだけだろ――――がッ!!!」
 夜の西神山に哀れな数学教師の叫びが轟いた。
 後日。
「析羅兄様、段ボール箱の中に図書カード1枚紛れ込ませたんですってね?」
「あぁ…500円分と安いが、雑誌一冊ぐらいは買えるだろ。 誕生日プレゼントとしては無難だな。」
 下の兄弟達がそう話していたのを蒼伊は知らない。



   ラズベルトの2月14日・@

「どうしようなぁ…。」
 今日は世に言うバレンタインデー。
 中等部3年の鉄社雷はうんざりとした顔でテーブルの上に山となったチョコレートを見上げている。
 こんな状況は毎年の事で、出会い頭に渡されるものは一通り断っているが、ロッカーやテーブルの中に突っ込まれたものの処分に困っていた。
「モテモテですね鉄さん。」
「………お前には負けるがな。」
 泗水楓は両腕にチョコを抱えながら近付く。
 美少年を見まごう彼女の整った顔は優しい微笑を浮かべている。
「ちゃんと食べないといけませんね。」
「それ、甘味嫌いの俺に対する嫌味か?」
「いえいえ。 折角貴方の為に買うなり作るなりしたのですから、味わって食べるべきですよ?」
「ふぅ―――ん…、そうだな。」
 社雷は机の上においてあるチョコの箱を一つ手に取り、ボーっと見つめた。
「んじゃ早速高嶺に与えておくか。」
「いや、自分で食べなさいって。」
 森がいるクラスに箱詰めされたチョコが届いたのは数十分後の話………。



   ラズベルトの2月14日・A

 2月14日、バレンタインデー。
 恋する乙女にとっては聖戦である(知らないけど)。
 そんな恋する乙女が一人・蜩上はそっと窓越しに隣のクラスの様子を眺めていた。
 視線の先に映るのは当然アレしかない。
 少しツンツンとした黒髪、漆黒の瞳はウトウトとまどろみ、机に突っ伏している男・虎杖秋鹿である。
 その周囲には僅かながら女子の群れが。
 頬を赤く染めながら女子は秋鹿にチョコを手渡す…と言うより、机の空き部分に積み上げていく。
 その光景を見て上は衝撃を受けた。
 まさか自分以外に彼へチョコを贈る人がいるとは思ってもいなかったのである。
「…虎杖、お前結構モテるのな。」
「見ていて憎悪が湧くぐらいに羨ましいぞチキショー。」
「……欲しいのか?」
 積み上げられたチョコの山を見つめる男を横目に、秋鹿は尋ねる。
 男二人は即頷いた。
「…………なら、やる。」
「えっ! マジ!?」
「勿体ねーなー、くれたの学年で結構人気のある女子ばっかじゃねーか。」
 そうぶつくさ言いながらも男子陣はモクモクと積まれたチョコレートを口に入れる。
「…だって、上が作ったチョコの方が 美味いから……。」
 その一言でクラス中と窓越しに覗いている上が硬直した。
 上の顔が急激に赤く染まる。
 そんな周囲の困惑を気にも留めず、秋鹿はゆっくりと睡魔に従って眠っていた。